2018年4月9日(月)
この度、トータルフードコーディネーター・高井瑞枝先生のご紹介により、江差追分を堪能する旅が実現しました。
髙井瑞枝 先生のご主人である髙井收 氏(小樽商科大学名誉教授)は、35〜36歳の頃、江差追分に出会い、江差追分の魂の奥深さに魅了されました。
これまで、江差追分名誉師匠・青坂満 氏(2015年江差町名誉町民表彰受章)のご指導を受けられ、70歳である現在も、鷗声会支部(山口博亮 支部長)の会員として江差町に月1回ほど通われ、学び続けていらっしゃいます。


▶ 髙井收 氏 (Osamu Takai・70歳)

三重県出身。名古屋学院大学経済学部卒業後、アラスカ・メソディスト大学人文学部卒業、オレゴン大学言語学部卒業、南カリフォルニア大学大学院修士課程終了。1986年 MSTSL(Master of Science in Teaching English as a Second Language・アメリカ合衆国南カリフォルニア大学)学位取得。1976年、在アンカレッジ日本領事館に勤務され、1982年小樽商科大学助手(商学部)、小樽商科大学言語センター助教授、1996年、小樽商科大学言語センター教授を専任。2013年には定年退職後、小樽商科大学名誉教授。藤女子大学の非常勤講師を務められ、2017年より大学英語教育学会(JACET)名誉会員(Honorary Member)。(プロフィール参照 >>)
▶ 髙井收氏の江差追分に対する想い
髙井收 氏のお話です。「私は、師匠である青坂満先生の江差追分に惚れ込み、多くの先生のご指導を受けながら、35年間続けています。
漁師一筋に歩んでこられた青坂満先生のお言葉『人には想い(念)がある。人それぞれに念がある。その想い(念)を伝えるのが追分の唄だ』という、漁師生活の苦悩や喜びが込められ江差追分に、今なお感動し魅了されています。

江差追分の唄は、『望郷』の想いが込められています。誰しも望郷の念があり、それは、その人それぞれ違い、それぞれの歴史があります。江差追分の唄は、人生と重なる唄であり、人生を描いたものです。
江差追分の唄には、魂を揺るがすほどの波長が存在しているように感じています。以前にも、私の唄う江差追分を聞いてくれた50歳位と思われる男性旅人が涙したこともありました」と、江差追分への熱い想いを語って下さった髙井收 氏。
▶ 専修大学社会科学研究所月報(654・655,2018-01-20)に掲載された池本正純 教授の「江差追分異聞」」の中で、髙井收 氏の随筆「江差追分と私」の文が引用されています(注12:109ページ)
髙井收 氏の随筆は、小樽商科大学言語センター『言語センター広報・第21号(2013.1)「江差追分と私」』の一部から引用されました。
< 引用文 >
ーーー 小樽商科大学関係者によると、その若い兵士とは、富山出身の小樽高商の卒業生だったという。フィリピンで特攻隊員としての出陣前夜のインタビューであった。 「弟よ、自分が夏休暇で北海道より帰った時、よく口ずさんだ江差追分だ。聞いてくれ。『煙る渚に 陽は黄昏れて 沖にいさりの 灯がともる』。では、父上、兄上、弟よ、元気で。」 特攻隊が飛び立っていった先はレイテ島であった。 ーーー(注 12)
このお話しは、江差追分会のサイト「北辺に息づく人間讃歌」の江差追分の動画『江差追分物語』にも取り上げられています。
動画では「この富山出身の小樽高商の卒業生・牧野顕吉さんが、特攻隊員として出陣する前に『煙る渚に 陽は黄昏れて 沖に江差の 灯がともる』と唄う江差追分には、生死を超えて、人々の心をとらえるほどの想いが込められています」と、ナレーションで語られています。
ここに小樽商科大学と江差追分の深い繋がり(ご縁)を見出された髙井收 氏(小樽商科大学名誉教授)は、2011年(平成23年)7月9日(土)に開催された、小樽商科大学の創立100周年記念「小樽商大緑丘百周年祭」 において、江差追分を披露されたとのことです。
▶ 江差追分会館
江差追分会事務局・小田島訓 事務局長に江差追分館の館内を案内していただきました。
小田島訓さんのお話。「江差追分は、前唄、本唄、後唄の3つからなっています。本唄は、『かもめの なく音に ふと目をさまし あれが蝦夷地の 山かいな』。この唄の背景は次の通りです。
北陸地方の貧しい農家の次男三男が、鰊で繁栄していた江差町を目指して、北前船で長い長い航海をしていた時、疲れ果てて眠っていた。眠っていた時に、カモメの鳴く声が聞こえ目を覚まし、その時見えたのが蝦夷地の山々だった。
『あれが、夢にまで見た蝦夷地か』。自分にとって蝦夷地がどんな土地かわからない。悪い土地なのか、良い土地なのかわからないが、自分がこれから生きていく土地と決めたからには、なんとしても生きて頑張っていかねばならない。
故郷で、父母兄弟と切なく分かれてきたことなど、様々に交錯する複雑な想いが、この27文字の中に込められています」。

5節に分かれている江差追分の基本譜の読み取り方などを説明してくださいました。

江差追分を広めた人・初代「浜田喜一師」、一世風靡した民謡歌手浜田師ついてのお話。

▶ 江差町の郷土芸能について
北海道無形民俗文化財は7つあり、そのうちの5つが江差の無形民俗文化財。江差沖揚音頭、五勝手鹿子舞、江差追分、江差三下り、江差餅つき囃子。
小田島 局長の説明を伺っているとき、江差町・照井誉之介 町長が、有難くも江差追分会館にお越し下さり、ご挨拶と記念撮影をさせていただきました。


▶ 「味処・やまもと」にて山本ご夫妻の江差追分拝聴
夕刻には、「味処・やまもと」にて、真心こもった美味しいお料理をいただきながら、山本ご夫妻の見事な江差追分(女将・山本康子さんが江差追分を唄い、ご主人・山本滋さんが尺八伴奏)を拝聴。
山本康子さんは、江差追分全国大会の入賞者で江差追分の第一人者。鷗声会支部(山口博亮 支部長)の講師をされていて、高井收氏の現在の唄の先生です。



▶ 「スナック・忍路(おしょろ)」にて、髙井收 氏と小梅洋子さんの江差追分を堪能!

スナック・忍路のマスター山口博亮さん(62歳)は、2007年に江差署に赴任し、31年間勤めた警察官をやめて、2010年にスナック「忍路」をオープン。
江差追分に魅了され、2008年より青坂満師匠の道場に通い、現在、鷗声会支部の支部長を務められています。

小梅洋子さんは、上ノ国町出身(76歳)。結婚を決めたきっかけは、ご主人のお父さんに出会い、お父さんの素晴らしさに感動し、この人が育てた息子さんならきっと素晴らしいに違いないと実感したことから結婚を決意。結婚して江差町へ入り、ご主人の酒屋を手伝う。
2005年、「かあちゃん食堂たまりば」開店。2009年、江差追分熟年全国大会で優勝。2012年、愛宕町内会の会長に就任。2015年からは、町議会議員も務めていらっしゃいます。(参照:北の女性・元気・活躍・応援サイト)
▶ 髙井收氏と小梅洋子さんの共演
今回はじめての、髙井收氏と小梅洋子さんとの素晴らしい共演です!!!

江差追分の節は、日本人の遺伝子の波長と共鳴し、心の琴線に触れ、感動とやすらぎをもたらす、不思議な何かが秘められています。
心震わせる江差追分の素晴らしい感動に導いてくださった、
髙井收 氏 & 髙井瑞枝 先生ご夫妻に心から感謝いたします。
ありがとうございました。
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☆ noboru & ikuko
江差町
役場:北海道檜山郡江差町字中歌町193-1
Tel:0139-52-1020【面積】109.53 km2
【人口】7,767 人(2016.3.31)
【高齢化率】34.7 %(2017.1.1)
【ホームページ】江差町